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「『サピエンス全史』から『ヨーガ』を紐解く」

「『サピエンス全史』から『ヨーガ』を紐解く」

さて、みなさん質問です。
「一体、ヨーガは何をしようとしている」のでしょうか?
これは、どの視点から見るかで、何通りもの答えがある質問ですね。
それはその目的によって様々であって、現代という今となっては、それぞれの価値観の中で、相対主義よろしくで、ヨーガだろうがヨガだろうが好きなように活かしていただければいいかなと思います。
同時に、古典としてのヨーガ・スートラの文脈でいうなら、ヨーガとは「心の働きの止滅」であり、それは、人間特有のものです。もちろん、動物にも心はあるし、ある程度のコミュニケーションはしていますが、以下にいうような理由で、それは人間特有のものなのです。
そしてさらに、サピエンス全史に言わせると、これはホモ・サピエンスであるが故のものなのです。

サピエンス全史をヨーガの視点で見ると、大きな発見があり、

ヨーガをサピエンス全史の視点で見ると、またこれ大きな発見があります。
今回は、この壮大なサピエンス全史の世界観の中でヨーガを俯瞰してみる視点を持つことを目的に書きたいと思います。
サピエンス全史は、一読することをお勧めしますが、これまでサピエンスは、3度の大きな革命をもたらしたと説きます。
(1)認知革命
(2)農業革命
(3)科学革命
私たちという現生人類につながるホモ・サピエンスは、20万年前、東アフリカに出現しました。
そして、7万年前に他地域へとその生息地を拡大していきます。
そして、他の人類種や動物を絶滅させるなどして、食物連鎖の頂点に立ち、文明を築いたのです。
なぜ、ホモ・サピエンスだけが、多くの他のホモ属の中で世界を席巻し、生き抜くことができたのか
それは、ホモ・サピエンスが、「認知革命」を起こすことができたからであると、著者であり、人歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は言います。
そして、サピエンス全史を通底するメッセージは何かというと、全てはこの「認知革命」の産物に過ぎないということと読み取れます。
この認知革命とは、簡単にいうと、「虚構」を作れるようになったということです。
「虚構」とは、フィクションのことであり、架空のものについて語る力を身につけたということです。
人類(ホモ属)には、多くの種類がいました。
猫や犬もそうですよね。
アメショーやシャムやその他もろもろ猫という生物学上の括りの中で、いろんな種類がいる。
だけど、なぜ、人はホモ・サピエンスという一種類しかいないのか
ここがポイントなんです。
実は、本当はたくさんの種類がいた。
人類が初めて現れたのは、250年前の東アフリカでのことでした。
アウストラロピテクス属と呼ばれる類人から進化した人類です。
200年前にこのアウストラロピテクス属の一部が北アフリカ、ヨーロッパ、アジアに進出を始め、東アフリカは、ホモ・ルドルフェンシス、ヨーロッパとアジア西部は、ホモ・ネアンデルターレンスで、いわゆるネアンデルタール人です。
また、アジアの東にいたのが、ホモ・エレクトス、ジャワ島は、ホモ・ソロエンシスなど、数々のホモ・〇〇〇〇〇〇という多種の人類がいたのです。

(左が、ホモ・ルドルフェンシス、真ん中がホモ・エレクトス、右がホモ・ネアンデルターレンシス)
そして、東アフリカで進化を遂げた中に、我々の祖先、「ホモ・サピエンス」が出現するのです。それが20万年前のことになります。
それまで人類(ホモ属)は、食物連鎖の中位あたりを占めていたのが、ホモ・サピエンスの登場によって一気に頂点まで上り詰めることとなったのです。
ホモ・サピエンスは、7万年前から東アフリカから世界各地を征服し始めます。そして、1万2千年前には世界へと広がっていったのです。その際に、様々な種と交わったという「交雑説」と、他の種を一切受け入れなかったという「交代説」がありますが、ほぼ「交代説」で他の種を圧巻して行ったようです。
ホモ・サピエンスによる世界征服(「サピエンス全史」より)
では、なぜ、ホモ・サピエンスはそんなに強かったのか?
そこにヨーガとの関連となるキーが隠されています
著者はこう綴ります。
「ホモ・サピエンスが世界を征服できたのは、何よりも、その比類なき言語のおかげ」と。
つまり、圧倒的な抽象思考能力がついたおかげだというのです。しかもそれは、「たまたま遺伝子の突然変異が起こり、サピエンスの脳内の配線が変わり、それまでにない形で考えたり、まったく新しい種類の言語を使って意思疎通をしたりすることが可能になった」というのです。
たまたまってwww

そして、認知革命による、こうした抽象思考のおかげで、伝説や神話、神々、宗教が現れることになります
つまりみたこともないものをでっち上げることができるようになったのです。

(ドイツ、ホーレンシュタイン=シュターデル洞窟出土のライオンとヒトのハイブリッド像。これがプジョーのエンブレムのモデルになったのです)
つまり、「虚構」をでっち上げることができるようになり、それに賛同するサピエンスを増やすことができたらどうでしょう?実際それが可能となったわけです。
そして、こうしたある意味、虚構、つまり、フィクションによって、協力関係を築くことができるようになり、ホモ・サピエンスは圧倒的な力を持つようになったのです。
これによって、神話を作ったり、ストーリーをでっち上げることによって(例えば、湖の近くに住んでいるなら、湖には精霊がいて、自分たちはその精霊に守られているから、一緒に協力してより安全に守ってもらおう!とか)、お互いの協力関係を持つことできるようになり、それによって力を獲得して行ったのです。
ある意味、ヨーガの観点から見れば、これは、何知れず「密教」そのものです。つまり、ホモ・サピエンスは、密教を使いこなすことで、世界をまとめて行ったと言っても過言ではないでしょう。
そして、人類は、ホモ・サピエンスがやっていたように、その時代時代、地域地域で、この「虚構」を作り出して、世界を治めてきたわけです。
そして、人類はそれ以後、ずーっとずーっと、この認知革命による「虚構」を作り出すことで、その歴史を作ってきたということになります。
ずっと、これが正しいんだよ、これは間違っているよという虚構、つまりフィクションの作り合い合戦
人類史は、そんなものなのです。
「サピエンスはこのように、認知革命以降ずっと二重の現実の中に暮らしてきた。一方には、川や木やライオンといった客観的現実が存在し、もう一方には、神や国民や法人といった想像上の現実が存在する」と著者は言います。
これはヴィパッサナ瞑想で最初にたどり着きたい「名色分離智」と全くもって同じことを言っています。
本当に起きていることと、起きていないことを見分けることが大切であると。
(もちろん、認知科学や量子論を持ってくること、この起きていることが本当にあるのかどうかと言うことは言えなくなるので、その辺りはここでは脇に置いといて)
どの時代も、その時代背景や地域によって文化が違います。
例えば、ヨーロッパでは、392年、テオドシウス帝によってキリスト教がローマの国教とされ、一神教が多神教の歴史を塗り替えてしまいます。それまでは、いろんな神々がいるということがその時代の「虚構」であり、それが常識として、人の内部表現は成り立っていた
しかし、それは一気に否定され、新たな一神教という「虚構」が生み出され、人はまたその中で翻弄の歴史を辿るのです。
哲学の歴史もまさにそのようなものであったことでしょう。
哲学を始めたと言われるタレスは、万物の根源は「水」であると主張し、その弟子のアナクシマンドロスは、存在の本質は「無限定な何か」と規定し、その弟子のアナクシメネスは「空気」が根源であると主張します。
ヘラクレイトスは、「万物流転説」を説き、ゼノンの師匠であるパルメニデスは、「万物不変説」を解きます。
また、デモクリトスはやっと現代物理学にちょっと近く、物事の最小単位は、「原子」(atom)であると説きます(a=「〜でない」、tom=「分ける」ということで、atomとは分けられないものという意味)。

そして、初のソフィストと言われるプロタゴラスは、「人間は万物の尺度である」と言い、相対主義を打ち立てます。
それに反対するように真理の追求をとことん行ったソクラテス。 
そして、その弟子のプラトンはイデア論を主張し、それはまたその弟子のアリストテレスによって反駁されます。
また、だいぶ時を経て近世哲学においては、近世哲学の祖とも言われるデカルトが「方法的懐疑」で「我思うゆえに我あり(cogito ergo sum)」と考える主体がいることは間違いのない真理だとし、カントは大陸合理論とイギリス経験論を統合させ、真理と主体の関係性をひっくり返し(コペルニクス的転回)、そして、それは時間と空間によって認識されるとしてそれらの「アプリオリ性」を説いた。
ヘーゲルは「弁証法」により、テーゼとその対概念のアンチテーゼをアウフヘーベンすることによってジンテーゼを生み出し、またこのジンテーゼのアンチテーゼをアウフヘーベンすることによって新たなジンテーゼを生み出すことを繰り返すことで真理に近づけるとし、それに対して「実存主義」のキルケゴールは、いつ到達するかわからない真理よりも自分にとってどうか、それだけが大切だと説いた。
などなどなど、書けばきりがないほどの真理探究の歴史を繰り返すわけです。
だけど、怒られるかもだけど、これって、「虚構」以外の何ものでもないと思うのです。
でも、その時代においては、それが当たり前であって、それにある意味、「縛られる」ことで、心の安定を目指した。
また、例えば、平安時代、時の陰陽師、安倍晴明の頃もそうだったと言えるでしょう。
今ですね、誰かがドアを叩いて、「そこに鬼がいるんです!!!」と言ったら。
この人、頭おかしいかなと思いますよね?
「ちょっと大丈夫ですか?」って。
でも、平安時代には確かに鬼がいた
そういう文化の中に生きていたからです。
そうした虚構が共有され、その時代の人たちは、脳の中にそのような内部表現を持っていたんです。
だから、本当に鬼が見えたんです。
そして、陰陽師が活躍するという文化があり、大きな力を持つようになったのです。
文化が違ったら、悪魔かもしれないし、鬼の存在の絶対性というのはないわけです。
つまり、人類史とは、この虚構、つまり架空のものをでっち上げてきた歴史なのです。
この視点からヨーガを紐解くと面白いことが見えてきます。
ヨーガとは、つまりは一義的には、この「虚構」からの脱却なんですね。
今、現在私たちは、資本主義や国家という「虚構」(フィクション)にやられてしまっている。
あなたにとって当たり前で気づかないほどに自己同着してしまっていることは何でしょうか?
ヨーガ・スートラも第1章4項で、こう説きます。
「(心の働きが止滅していない場合にあっては)観る者は心の動きと同一化する」と。
観えていない時、それが当たり前過ぎて、もうそうだということさえも疑いもしないのかもしれません。
大昔の神話の一つでは、雷は神様が金槌をドーンと振りかざしたから、起きるものなのだというのがあり、それが真理だったんです。
今、そんなことをいってくる人がいたら、ちょっと距離を置きたくなるし、そんなわけないじゃないか?ってちょっと鼻で笑ってしまうところありませんか?
「地球平面説」もその最たるものでしょう。

だけど、もし100年後の人類(その時にまだホモ・サピエンスがいたとして)が我々をみたら、どう思うでしょうか?
「あの時代って、お金っていうものがあったらしくてね〜、それがなくなって命を断つ人もいたらしいよ。すごい洗脳だよね?」とか、「あの時代って、権威主義ってあったんだって?強いとか弱いとかで、みんな強さを目指してたらしいよ。意味わかんないよね〜?」とか言われているかもしれません。
そのスケールで見ると、私たちが思い悩んでいることや、心の中に蟠っていることや、不安など、なんかただ、この時代の「虚構」がただそうだからあるだけで、その悩みの存在については、全く絶対性などないことが腑に落ちるのではないでしょうか?
100年後の人類が、私たちの常識の何について、ツッコミを入れてくるのか?ww
これは、自分が何に縛られているのかに気づき、そして、ソクラテスではないですが、よりよく生きるということを真剣に考えるために、熟考するに十分に値します。
また、同時に考えたいのは、密教的側面です。
それを可能にするのが「心の働き」(チッタ・ブリッティ)であり、2千年前ほどのヨーガの時代にあっては、「真我独存」のために、この虚構を作り上げる「心の働き」を止滅することを解いたわけです。
しかし、現代に置いては、この虚構をいかに作り上げて、幸せを増やすかということの方が大切な気がします。
それぞれがそれぞれの理想世界を作り上げていくことでもある。
ある意味、認知革命がおきた7万年前から、この虚構をいかに作り上げるかが人類のテーマであった。
言い換えれば、チッタ・ブリッティを大活用して、発展してきたのです。
チッタ・ブリッティを否定するのではなく、チッタ・ブリッティを愛してしまうほどの抽象度の高さを持つことこそ、本当の解放なのだと感じます
著者はこう言います。
「人間どうしの大規模な協力は神話に基づいているので、人々の協力の仕方は、その神話を変えること、つまり別の物語を語ることによって、変更可能なのだ」と。
とすれば、不必要な「心の働き」は断捨離し、必要な「心の働き」をしっかりと使って、いい内部表現に仕立てていくことが、現代におけるヨーガなのではないでしょうか?
そして、まさにこれは、密教の為せる技であり、あなたやあなたの大切な人々、また隣人の幸せのための「虚構」をあなたが作り上げていく時代に入ったのではないでしょうか?
(今後開催を予定している「ヨーガ瞑想・フルプラクティス ・アカデミー」の密教編では、これを最大限使って、あなたのための虚構を作り上げて、世界を変える手法を学びます。)
そして、それは時代のニーズの中でどんどん変化していいのではないかと思います。
著者もこういうように、「太古の人類の行動パターンが何万年間も不変だったのに対して、サピエンスは社会構造、対人関係の性質、経済活動、その他多くの行動を一〇年あるいは二〇年のうちに一変させることができた」ためにサピエンスは、生き延びてきた。
ならば、我々も自分の考えに固執することなく、どんどん自分の固定観念を脱ぎ捨て、常識を覆し、そして、また新しい幸せを創造していくこと、チャレンジしていくことこそ、人類として、サピエンスの末裔としての喜びなのだと思います。
また著者は今のホモ・サピエンスのあり方や未来にしては、「私たちは以前より幸せになっただろうか?」と悲観的な論調を展開しつつも、「今日の宗教やイデオロギー、国民、階級それぞれの間で戦わされる今日の議論は、ほぼ間違いなくホモ・サピエンスとともに消滅する」としています。
ならば逆に、今私たちがこうしてこのように生きられていることは、その虚構による奇跡であり、それをさらに飛躍させていくことこそ、ヨーガの求めることだと考えます。
今、こうして、サピエンス全史を俯瞰して、ヨーガとはこの虚構からの脱却(顕教)であると、そして、幸せのための虚構の創作(密教)であることが、よりおわかりになったのではないでしょうか。
でも、同時に思うのは、またそれがいいよね!というこの論調自体も、また新たな虚構かもしれませんね。
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