masayoga column

効果的なヨガ実践方法論

効果的なヨガ実践方法論

これをいろんな方法論を伝えてくださった先達たちに感謝しながら、その方法論を洗練すること可能にしてくれた認知科学などの科学の進歩は本当にありがたいです。

その方法論とは、言語化すると極めてシンプルながらも、言語化したものではあまりにも足りないのも事実。
禅語の「不立文字」の示すところです。

でも、シンプルに書くと、

・呼吸、集中、脱力による変性意識の醸成
・体への「適切」なエッジ的刺激(適切なアライメント、過負荷による新境地の体験による潜在意識へのアプローチ)
・意識場の選択と意識の置き方(臨場感空間の移動)
・身体情報空間の書き換え
・身体記憶に定着させて新たな自分として生まれ変わること

こうしたアーサナが効くための手法には、ある程度の心のコントロールとイメージ操作(観想)が必要になります。
ここに瞑想の基礎技術が関わってくる。

体の脳内マッピングが切り替わると可動域は変わるは、体は楽になるわ、だからこそ、心も変容して、あなたの持つ可能性がどんどん開く。6ヶ月もあればかなりの変化・変容に驚いていただけると思います。

また、ヨガで体が変わる理由としては

・過負荷でのヨガの型のギリギリまでの修練でカラダが変わる。
・体の使い方を知ることによる機能拡張でカラダが変わる。
・呼吸によるエネルギー状態の調整でカラダが変わる。
・意識化されて筋に蓄積されていた緊張が解けてカラダが変わる。
・観想法によって、脳内身体マップを更新することにより、バイトフィードバックが起きて、カラダが変わる。
・アハ体験での心的変容からカラダが変わる。
・心が解放され生活習慣が変わりカラダが変わる。
・各種アプローチによる潜在意識の変容によって一瞬でカラダが変わる。
・指導者のカラダの脳内マッピングの転写によってカラダが変わる。
などが挙げられます(ちょっと文章に書いてはいけないことも書いちゃってますがww)。


また、「内的五感」をフル活用して、情報場を移動します。

五感とは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚であることはよく知られていますね。

そして、アカデミックな分類ではないと思いますが、ヨギー・瞑想家的観点から見ると、これらは二つに分けられる。
それは、「外的五感」と「内的五感」。

「外的五感」とは、外界からの刺激を処理している感覚認識機能。
そして、
「内的五感」とは、心の中でそうした五感的感覚を生成して感じる機能を言います。

内的五感の訓練はイメージでいろんな五感の感覚を実際に感じること。
ヨガや瞑想では、この内的五感がどれだけ操作できるかが極めて重要。

外的五感からの刺激に対してどんな反応をしているのかに気づいていくことも癒しのための手法としてはとても大切。
そして、実際、本質的に瞑想はそこをもっと超えてきます。

まず、内的感覚を意識上に上げて外部化し、感覚的自己理解、癒し、脱力状態を確保し、ブレーキを外す(実際に外すにはヨガや瞑想の他にも様々な解放技法を用いて統合的にアプローチするのが実際はさらに有効です)。

そして、その上で、ホメオスタシスフィードバックの起こり先としての情報空間を創造し、その臨場感を圧倒的に上げる。
この時の情報空間創造に内的五感の力が必要なのです。

そして、それによって、恒常性の有る場所を情報空間の中でAからA’やA”に移動させることで、心を書き換える。
もちろん、心が書き換わるということは、体も変わりますね。
アイデンティティや信念体系も書き換わり、あなたの能力が最大に開発されます。

アーサナ中にはこんなこともしています。

この時に大切なのが、どれだけ「内的五感」の力があるかということ。
ここを徹底的に鍛え上げます。

それと。

人の脳のシステムは、その人の持ってる「知識」の中にあるものしか、気づけないようになっています。
「知識」とは、あなたにとって正しく有用である情報。
あなたの世の中の認知のプロセスは、その知識の範囲内で回っています。

ということは、ヨガがなぜ効くかについて「知識」がなかったら、それが見えないからまず効く方法を見逃してるだろうし、採用しない。
だから、あなたにとっての知識を「知る」ことがとても大切。

「お金も時間を費やしたけど、結局よくわからなかった」
「ヨガをちゃんと伝えたいけど、方法論をしっかり知らないから、自信ないまま伝えてる」
というのは、避けたくないですか?

ヨガでさらに幸せになるのは当たり前。
そして、その先に行くのです。

それは
その幸せなあなたが、あなたのワクワクする方法で、あなたなりに社会に貢献すること。
そんな世界が待っています。

ヨガは科学である。
帰納的論証を持ってしてもそうだと言えるし、確固たる方法論から担保される再現性をみてもそうだと言える。
だから、あなたがそれを「知り」、実践することによって、その真の効果が確実にやってくる。

こうした極めて効果的なヨガの技術を、ある程度の知識が必要であるという点において準備ができた方々に、だけどなるべく多くの方に、効果的、効率よく手渡しできるシステムを作り、伝授しようと思います。

脱力ついて

「脱力」は、ヨガや瞑想に必須の身体感覚です。

しかも、ヨガや瞑想に限らず、多くの「道」において重要視されている要訣であり、また、人生を生きる指針でもあり、また、ビジネスにも活かせるコツでもある。

脱力を体得すると、個人差はありますが、だいたいこんなメリットや効果があります。

・身体操作が美しくなる
・心が穏やかになり、ストレスが低減する
・感情のコントロールができるようになる
・気血水が巡りさらに健康になる
・I.Qアップ
・情報処理能力が高まる
・自己管理の質が高まる
・生き方が定まりやすくなる
・身体の奇跡に目覚め、生きていることが神秘だとわかる
など。

「脱力」は、体の感覚で掴むと「在り方」として体現できるようになり(もちろん、終わりのないものでどんどん深化する楽しみのある豊かなトピック!)、様々に応用がしやすくなるので、ヨガは、「脱力」を体得するにはとても効果的とも言えます。

よって、「脱力」を文字で表すのは簡単ではないけど、大切なことなので、できるだけ、お伝えしたいと思います。

 

脱力こと始め~脱力は「腑抜け」状態ではない


皆さん、「脱力」と聞くと、どんなイメージですか?

ダラーっとしていること?
スライムみたいな感じ?
何もしないこと?

いろんなイメージが浮かぶかもしれません。
大辞林では脱力を「体の力が抜けること」と記載してあります。
しかし、これでは脱力の本来の意味は伝わらない。

結論から先に言います。
「『脱力』は、効率の良い身体運動を実現するために必須である」
また、
「『脱力』(状態)は人間の持つ最高ポテンシャルを引き出す奥義である。」

このため、身体操作によって心に働きかるヨガ、また、最高峰の人間開発技法である瞑想において、「脱力」は極めて大切な「状態」です。

まず、事始めとして、一番基本的なところを押さえましょう。

<仮説>
(1)「人は脱力していないから、無駄に力を使って、非効率的に動き、疲れている。」
(2)(抽象度をあげれば)「脱力していない場合、エネルギーを浪費、あるいは分散させてしまい、位相の揃っていないインコヒーレント状態で生きているが故に、本来のポテンシャルが活かされず、結果が出にくい」
これらの真偽値が「真」とするなら、
脱力状態であるならば、

(1’)「無駄なエネルギー浪費がなく、自然で美しく、効率的に動き、疲れにくい体を手に入れることができる。」
(2’)「エネルギーが蓄えられ、集中し、位相の整ったコヒーレント状態で生きることができ、本来のポテンシャルが発揮され、結果が出やすい。」

上と下の状態の違い、ヨガや瞑想はもちろんですが、ビジネスや勉強、またスポーツの領域で極めて、大切なことであることがわかると思います。

つまり、「脱力」感覚を身につければ、あなたの夢を叶えることに大きく貢献することでしょう。
「脱力」感覚を身につければ、あなたの人生は大きく進化の道を辿り、好転していくことでしょう。

余談ですが、「脱力は『身につける』ものではない。本来のあり方だ。」という意見が聞こえてきそうですが、それは妄想です。
脱力は「腑抜け」とは違います。何もしないという意味でもありません。

圧倒的に力を出して思い切りやった人しか、脱力はわかりません。
人類は、進化半ばの過程にいます。赤ちゃんも生物学的には未熟児で生まれてきます。
脱力状態はさらに効率の良い動きや研ぎ澄まされたIQの高い脳や心理の状態を達成し、さらに人生を豊かにするために「身につける」ものなのです。

「人知を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、
天命を待つ資格を与えられるのは、人知を尽くした人のみです。
行動しなくて待っていても何も起きません。

体験すればわかりますが、あなたのフィジカルな力や眠る潜在性は、あなたが思っているより、かなり大きいものです。
無駄な力を抜けばすごい力が出る。

一つ実験してみましょうか?

みなさん、力を出すときにはどうしますか?
「そりゃあ、力を入れるでしょう」というのが「常識」だと思います。

「力を出すために力を入れる」。
そうですよね?

でも、これはどうでしょう?
「力を出すために力を抜く」。

正直いうとこれでは言葉足らずですが、体験してみてもらいたいので、あえてそうしています。

では、実験です。

腕を伸ばしていただいて、その腕に思い切り力を込めましょう(力みます)。

それから、誰かにその腕の肘関節を曲げてもらってください。
曲がりやすいですよね。

では、今度は腕を伸ばしていただいて、一度力を抜きます。
そして、上腕三頭筋(二の腕の部分ですね)に意識を向けて腕が一本の棒になってしまったとイメージします。
あるいは、上腕三頭筋に意識を向けて腕が怪物くんみたいにずっと伸びていくとイメージします。

それから、誰かにその腕の肘関節を曲げてもらってください。
腕が全く曲がらないのが体験できると思います。

カラクリは沢山あります。
一言で、「エネルギーだ!!」と言っても良いですがww、それだと足りないので、
・力むと肘関節の屈筋である上腕二頭筋も緊張しているのでそちらの力も働いている。
・力まないと上腕二頭筋の引っ張りがなく、かつ、より強い力を発揮する伸張性収縮(エキセントリックコンセントレーション)の働きによって強い肘関節伸筋の効果が発揮されるから。
ということが言えると思います。

でも、力を出すなら、力を入れると思っていると、これが実現できず、弱くなってしまう。

こうした常識に振り回されていると、本来の力が発揮できないパラダイムで生きいているのですから、そりゃ疲れるし、結果も出にくいでしょう。

とりあえず、今回は、このスマートでエレガントで余裕な感覚を味わってみてください。
疑似体験にすぎませんが、これが脱力の感覚に近いです。

しっかりと入るところは入り、無駄なものは削ることで、最大のアウトプットを引き出す。
これが「脱力」です。

身体操作から入り、心の領域にも広げ、そして、人生にこれを活かしていけたら、すごいことになりますね。

 


身体の脱力による力の発揮

上に書いたように身体と心はの一体であるため(心身一如)、「脱力」の達成には、概念による縛りや心の緊張を取り除くことが、重要であると触れました。
心の緊張や囚われを取り除くことで、いつでも、そのままで「余裕」の境地にいることができ、それがまた、身体をリラックスさせという好循環が生まれます。

ヨガでもそこが重視されるわけですが、心の扱い方については、また次に譲るとして、ここでは身体の脱力について、書いて見たいと思います。

「脱力は腑抜けではない」と前回書きましたが、要は「脱力」とは、不必要な力が抜けて、最大効率で動いている状態ですね。
それって難しいと思われるかもしれませんが、私たちは、自然と、その「脱力」状態を普段体験しています。

例えば、目の前にあるものを持って、持ち上げて見てください。
ペットボトルなどのあまり重くないもの。

普通に持ち上げますよね。
ぎゅーっとペットボトルが潰れそうになる程は力を入れないですよね。

それが「脱力」です。
もう自然と身についている。

だけど、なぜか他のことになると、そのペットボトルをぎゅーっと握っているのと同じようにして、身体操作をしているのです。
そりゃあ、効率が悪いし、意味がないのがわかりますよね。
また、力を発揮できる筋肉は今緩んでいる筋肉である。
緊張している筋肉は、ある程度すでに収縮してしまっていますから、そこから力を発揮できるポテンシャルが緩んでいる筋肉と比べて低い状態といってもいいでしょう。

また、動きということを考えてみると、動作を主に行う筋肉(主動筋)が緩んだ状態から最大ポテンシャルで動くこと。
そして、その動きを阻害する筋肉(拮抗筋)が緩んでいると、主動筋の働きが最大化され、力が最大に発揮されるということが言えます。

肘の関節で言えば、肘を伸ばす時、上腕三頭筋(二の腕の部分)の短縮性収縮(コンセントリックコントラクション)が主動筋としての働きになり、上腕二頭筋(力こぶの部分)が弛緩していることで、伸ばす力が最大化されるということです。

そのために、身体を細かく観察して、緊張していることに気づくことが大切です。
しかし、心の緊張がある中で、気づいたところでそれが抜けることは難しいので、心の理解は必須であると言えます。
なので、心のあり方に気づくこと、理解すること、解放することは大切ですね。
また、それは後述します。

身体を動かす時、ゆっくりと筋肉のあり方を観察してみてください。
まずは、肘の関節の動きから始めてみましょうか。

(1)肘を曲げた状態から力んで肘を伸ばしてみる。この時に誰かに手首を持ってもらって強さをみる。
(2)次に、肘を曲げた状態での筋肉のあり方を観察し、脱力する。
(3)肘を伸ばしていく過程において、なるべく上腕二頭筋はそのままで、上腕三頭筋の短縮性収縮のみで伸ばし、この時に誰かに手首を持ってもらって強さをみる。

上腕三頭筋だけを使うということが最初は難しいかもしれませんが、徐々に慣れてきます。
圧倒的な力の差を感じていただけます。

これを用いて、ヨガサナをしたり、いろんな身体操作をすることで、効率が圧倒的に上がることを実感していただけるでしょう。

 


脱力と伸筋優位の動き、及び屈筋優位の動きの関係性 ~ヨガサナの有効性と実践のコツ~

 

解剖学的な動作の用語として、「屈曲」と「伸展」というものがあります。

まずは、「屈曲」と「伸展」の説明から。

解剖学での基本姿勢は、立ってちょうど手のひらを前に向けた状態です。
この状態で、膝関節とく距腿関節(足首の関節)を<除いて>、前に動く動きを「屈曲」、後ろに行く動きを「伸展」と言います。

例えば、基本姿勢で、腕が伸びた状態から肘関節が曲がるのは「屈曲」で、肘関節が曲がった状態から、元の伸びた状態に戻るのが「伸展」ですね。
背骨も前に曲がるのを屈曲、反るのを伸展と言います。

また、屈曲に使う筋肉を「屈筋」、伸展に使う筋肉を「伸筋」と言います。

そこで、「脱力」(必要なところは入れ、無駄な力を抜く)という観点から、この「屈筋」と「伸筋」の働きを見て見ると面白いことが見えて来ます。
屈筋優位で動いているのか、伸筋優位で動いているのかが、「脱力」状態に大きな影響を及ぼすのです。

ここで言っているのは、屈筋を主に使っているのか、伸筋を主に使っているのかの主張であり、「屈曲位」(屈曲している状態)、「伸展位」は問いません。
例えば、写真に載せているヴィーラバドラアーサナIIにおいて、前膝関節は屈曲位ですが、これを伸筋(この場合だと「大腿四頭筋」)の等尺性収縮(アイソメトリック・コントラクション)によって維持することで、屈曲位でも伸筋優位になります。

例外はあるような気もしますが、基本的に

・屈筋優位の動きは、緊張、縮小、縮む、Do、内向的のような感覚を生み出す
・伸筋優位の動きは、自然な脱力状態、拡大、伸びる、Be、外向的のような感覚を生み出す

次回で心と脱力の関係性について書こうと思っていますが、この伸筋優位の動きに伴う心理的、あるいは感覚的特性や傾向は、心を解放し、緊張を取り除くので、結果的に不必要な力が抜けて行く。

ボクの感受性(内的身体感覚を言語過程に置き換える能力)では、この感覚では明らかですが、これが正しいのであれば、ハタヨガのアーサナの有効性や実践のコツが見えてきます。

ハタヨガのアーサナは、特に立ちポーズに、伸筋優位の形を取るものが多い。
ただ、最もコアである腸腰筋(大腰筋、腸骨筋、半分の人には欠如している小腰筋の総称)は股関節の屈筋であり、これはめちゃめちゃ例外です。
しっかりと腸腰筋を使っていないと、ハラが入らない。

以上を一言でまとめると、各関節の伸筋の働きを意識して、アーサナを取ることで、心の解放と脱力状態の獲得が、より効率的に可能となるということです。
ぜひ、試してみてください。

 


まとめと脱力のための瞑想

 

まとめると。

・「脱力」とは腑抜け状態ではなく、不必要な力が抜けて、最大効率で動いている状態。
・緊張した筋は余力がなく、脱力した筋こそが大きな力を生み出せる。
・動きを阻害する拮抗筋が緩んでいること主動筋の働きを最大化されてパワーが出る。
・不必要な力が抜けた脱力状態で、伸筋優位の動きでより心の解放が可能になる。

まとめると、脱力状態で伸筋優位を意識した動き最高のパフォーマンスが発揮できるだけでなく、心の解放まで生まれるということですね。

ここまでは体からのアプローチについて書いてきましたが、今回は心からのアプローチによる脱力の達成について書きます。

よくトレーニングの場で行うワークがあります。
誰かに手首を持って腕をゆっくりと上げてもらい、上まで行ったら、ゆっくりと降ろしてもらってください。
この時に腕を上げてもらっている方は、リラックスして腑抜けの状態にあるようにします。

もし、腑抜けの状態であれば、腕が上がらないほど重くなるでしょう。
でも、緊張していると、腕は簡単に上がってしまいます。

このワークをやると多くの人は脱力は難しいと言います。
それもそのはず。

「心身一如」という言葉がありますが、「身」の「緊張」は「心」が作り出しているのですから。
(疲労や炎症による筋肉の硬直は別の話ですが)
腕が上がる時にいろんな心の働きが起きて緊張してしまうのですね。

また、心からのアプローチからは、ちょっと脱線しますが、逆に「心」の「緊張」は「身」が作り出しているとも言えますね。
例えば、姿勢はとても大切です。
しゃんと背筋が伸びているのと、だらっと背骨が丸まっているのでは、気持ちも違う。

また、表情も大切です。
行動療法などはこうしたことをとても大切にしています。
これ面白いので、やってもらいたいんですが、例えば、口角を上げて、眉間を引き上げた状態で怒ることは、結構難しいですよねww
だから、体を整えておくと、心も整う。
体が緩んでいると、心も緩む。
体と心という二元論的解釈よりも、もう体と心は同じものであるという一元論的理解の方がしっくりくるかもしれません。

さて、話を戻しますが、人間は脳機能を発達させ、それによって、「シミュレーション」(想像も妄想も計画も全てシミュレートですね。他の動物には人間レベルでこれはできない)という高度な情報処理ができるようになりました。
これが人間が人間として進化できる所以です。

同時に、良くも悪くも「情報」の影響をもろに受けるというのも特徴ですね。
だから、心のあり方がとても大切。

心が暴走して良からぬことのシミュレートをしすぎるとストレスとなるわけです。
つまり、心のあり方によって、体が影響を受ける。言い換えると生体反応が出るということ。

同様に、心が緊張していると、体も緊張して、パフォーマンスが落ちる。
なので、心のあり方をちゃんとコントロールできることが、さらに豊かな人生を送る上で必須とも言える。

そのために、囚われに気づいて解放されたり、また記憶の上書き(ちょっと特殊な技術を要します)をしたりして、信念体系を書き換えたり、また視点を変えることで緊張がほぐれたり、様々な手法がありますね。

そして、何と言っても、心を扱うヨガや瞑想がとても有効な人間開発ツールであるという帰結を持ってくることができます。
ヨガや瞑想、また自己解放ワークなどで、心の囚われ、ヨガの用語では「チッタ・ブリッティ」(心のはたらき)と言いますが、それが暴走することを軽減することで、体もより脱力状態に近づいてきます。

今回は最も基本的な瞑想法をご紹介します。
サマタ瞑想という一点集中型の瞑想法の中でも基本の「呼吸瞑想」です。
サマタ瞑想には、様々な利点がありますが、それはまたおいおいご紹介しますね。

瞑想の前と後で、心や体の脱力状態がどう変化するか記録をとってもいいでしょう。

毎日実践すれば、必ずやあなたによりパフォーマンスの高い脱力状態をもたらしてくれることでしょう。

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呼吸瞑想

楽な姿勢、楽な坐法でどっしりと坐骨を据えて座ります。
この瞑想の間、呼吸に集中するよう潜在意識に向かってお願いします。

呼吸に注意を向ける前に、音に意識を向けましょう。音が何かを認識したり、意識的に選んだりする必要はありません。ただ聞こえている音を、意識上に上がるままに聞き、気持ちが落ち着くのを待ちます。

最初に、部屋の外でなっている音。そして、部屋の中の音。そして、体の中で鳴っている音と対象を移し、集中した意識状態で注意を向けます。

その意識の状態をそのままに、ここから呼吸に注意を向けましょう。

呼吸を鼻か腹部のどちらでより鮮明に感じるか観察しましょう。鼻の空気の出入りを強く感じるかもしれませんし、腹部の動きでそれを感じるかもしれません。
そのより鮮明に感じる方を集中対象として、呼吸に意識を向け続けます。

呼吸から注意が逸れたことに気づいたら、ただそのまま呼吸に戻ってきます。
分析したり、責めたりする必要は全くありません。
何度でも注意が逸れたら、それに気づき、安心して呼吸に戻ってきます。

呼気の始まり、呼気の終わり、そして、吸気が始まる前の「間(ま)」を捉えます。
そして、吸気の始まり、吸気の終わり、そして、呼気が始まる前の「間」を捉えます。

まるでこれが生まれて最初の呼吸で、そしてこの世を去る前の最後の呼吸であるかのように呼吸に注意を向け続けましょう。

瞑想から出る際は、周りの空間を感じ、ゆったり深呼吸します。
そして、軽く体を動かし感覚を戻し、それからゆっくりと目を開けます。

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